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Dodoria.blogはクリエイター職を目指す義光、忠太郎、与助の3人が 互いを切磋琢磨しながら実力向上を図り、仕上がった作品を記録として残すために設けられたブログである。
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文芸部に投稿させていただきました。
部誌には与助氏の扉絵もついているよ。



『紐』
 
 
僕の住む町に、ある日突然「ひも」はやってきた。
正確には町の真上、つまりは空から降ってきたのだけど、なにしろこのひも、大きい上に想像もつかないくらい長い。ビルや商店街を飲み込むほどの幅があって、長さといえば雲を突き抜けてどこまでも伸びている。ひょっとすると宇宙まで続いている風にも見えるが、ニュースによると、衛星の写真にひもは写っていないそうだ。不思議だ。次元の違う空間が、町の上に開いているんだろうか。とにかくそんなよく分からないモノが降りてきたものだから、日本のみならず世界中が混乱した。もっと混乱したのは僕のところの自治体である。「ひも」は存在的にはUFOや宇宙人と同義に扱われ、とりあえずひもより半径500m以内に戒厳令が布かれ、範囲内の住民には避難勧告が出された。各メディアでは「ひも」の話題で持ちきりになった。TVではどこかの国のなんだかえらそうな人たちが集められて、慌ただしく討論していた。
だけど、騒がしかったのは「ひも」が降りてきて一週間くらいのことだった。一ヶ月もして「ひも」がただの繊維だと判断されてからは、人々の生活も日常に戻り、TVもえらそうな人たちもてんで相手にしなくなった。しまいには「ひも」はキャラクター化され、なぜか萌え系の女の子になり、歌って踊れるドジっ子アイドルとして世に定着してしまった。僕の町も有名になって、ひもの落ちた場所、商店街は観光名所になった。毎日のように観光客がくるようになると自治体も調子に乗って「ひもまんじゅう」「ひもせんべい」なんて言い出す始末だった。喉元過ぎればなんとやらというが、さすがにこれでは「ひも」の奴も迷惑だろう。こうなってくるともう面白くもなんともない。そこで僕は考えた。
「アレをひっぱってみよう!」
イギリスの登山家ジョージ・マロリーは「なぜ、あなたはエベレストを目指すのか」と記者に問われこう答えている。「そこに山があるからさ」人は山があれば登りたくなる。ボタンがあれば押したくなる。「ひも」があればひっぱりたくなるものである。アイキャンビコウシズイッゼア。思い立ったが吉兆、僕はさっそくネットの掲示板を利用して、同志を募った。
 
そして、大変なことになった。
書き込んだとおり、日曜日の午後二時に商店街へ行ってみると、安売りの日でもないのに人だかりが出来ている。それも十、二十といった数じゃない。商店街中を埋め尽くすほどの人波で、誰が読んだか、マイクを持った女性とテレビカメラを担いだ男も混ざっているし、みんながみんな特に何かするでもなくきょろきょろ辺りを見回している。ちょっと耳を澄ましてみると、まだかな? こないねえ、という声が聞こえてくる。どうやら、この人ごみを作ったのは僕のようである。みんな、ひもをひっぱりに来たのだ。ウィキャンビコウシズイッゼア! よーし。僕はうれしくなって、このイベントの主催が僕であることを伝えようとした。と、そのときマイクを持った女子アナが、カメラに向けて何か言い出した。
「遅いですね。もう行っちゃいましょうか」
そう聞こえた。割と大きな声だったので、それを聞いた誰かが反応する。
「行こうぜ」「行く?」「行こうよ」「行っちゃえ」
 そうして群集は主催者不明のまま、「ひも」の着陸ポイントまで移動しはじめた。その中で僕は肩を小さくさせながら、ずっとひとり言をつぶやいていた。
「僕が主催なのに……」
 
 そして着いてみると、既に人だかりが出来ていた。
ここからだと「ひも」の全貌がよく見渡せた。いつ見てもその大きさ長さに圧倒される。雲ひとつない大空に、たてつくように聳える「ひも」。時折風が吹くと、見上げる人々をあざ笑うかのように、飄々とゆれる。僕は、気のせいか、そのひもをどこかで見たことがあった。どこか別の場所で、もっと小さいサイズのものを見たことがある気がする。
ひもが垂れて、地面と接触している場所の周りに人垣ができている。全体を指示しているのは、なぜか例の女子アナになっていた。
「それではみなさん。ひもを持ちましょう」
 言われたとおりにみんな「ひも」を手に取っていく。地面に垂れたひもはちょっとした河のようだった。ひもを持ってみると、手のひらにちょうど収まった。触り心地はすべすべとして絹のようだ。握ってみるとスポンジほどの弾力がある。不思議な触感だ。何度でも触ってみたくなるが、そろそろ全員がひもを手に取ったとみえて、女子アナが説明を始めた。
「みなさん準備は良いですかー。私が合図致しますので、おーえすの要領で引っ張りましょー」
 はーい、と誰かが答える。なんだか運動会の綱引きみたいだ。
「では行きますよー」
 せーの、全員が構える。
僕は生唾を飲み込んだ。
「よーい、どん!」
 強い風が吹いた。
全員が一斉に「ひも」を引く。僕も力のかぎりひっぱる。ひもは、ただの繊維のくせして信じられないくらい重かった。最初のひと引きではとても反応があったようには思えない。だけど、
「おーえす!」
 女子アナが叫ぶ。
「おーえす!」
 僕らも負けじと返す。
 進んでいる。みんなの呼吸があっていくほど、ひもは軽くなった。はじめ居たところから、少しずつ遠ざかっていく。空から垂れていた「ひも」が張り出した。
「おーえす! おーえす!」
 僕たちの呼吸はやがてひとつになる。徐々に引くテンポが上がっていく。僕は重さを忘れてがむしゃらに引っ張った。ひもは、目に見えて分かるほどに張っていった。
けれど、それにつれて重さも増した。まるでひもが抵抗しているかのようだ。張り方がいよいよ頂点に達しおそらくは横から見れば直線に見える具合までくると、唐突に、僕らの引きは止まった。
いくら力んでもまるで通用しない。
そればかりか、一人でも気を抜いたらたちまち持っていかれそうな塩梅だった。引けないと知って、僕らは現状維持を努めた。押して駄目なら引いてみろ、引いて駄目なら現状維持だ。
そのような状態がずっと続いた。時間にしてどれくらい経ったのかは分からない。五分かもしれないし一分かもしれないし、実際には十秒足らずだったかもしれない。とにかくここにきて僕は、ある音を聞いた。ぶち、という音だ。それは連続的に続いた。
ぶち、ぶちぶちぶち。
「おいあれ!」と誰かが叫ぶ。
首を上げると「ひも」に黒い穴が開いていた。虫食いのように見えるあれは、きっとほつれ目だ。空から降りてきている「ひも」の、最上層部に出来てきていた。みんなが空を見始める。その途端に、僕たちはひもの張力にひっぱられた。ひもが少し弛みを取り戻す。必死で踏ん張って、なんとか体勢を立て直していると、またぶつん、とひもの一部が千切れる。すでにひもは、自身の重量でさえ支えきれないほどに弱っているようだ。僕たちがひっぱる必要はもう無かった。維持しているだけで、ほつれ目は勝手に出来上がっていく。ぷつん、ぷつんと切れていく糸は、その結果を容易に想像させた。僕は真っ先にひもを手放していた。
「逃げろー!」
 それを合図に、全員が一目散にその場を離れた。
 緊急避難を終えてから、僕らは遠巻きに、落ちる様子を見守っていた。「ひも」の頭はもう半分以上がほつれていて、落ちるのは時間の問題といえた。雲に限りなく近い場所では風が強い。ゆらゆらと揺れている。携帯で写メを撮ったり、ビデオカメラでその一部始終を記録しようとしている人もいた。
 最後の糸が切れた。
「ひも」が落ちる。
 砂埃を巻き上げて。
地表に落ちてくる。
 おおお、と歓声が上がる。シャッターが稲妻のようにまたたく。
 やがてひもはうず高くとぐろを巻いて、地面に鎮座した。だけどひもは、それでも見上げるほど大きかった。まるで丘のようだ。
みんな嬉しそうに丘を取り囲む。女子アナとカメラマンも交じって、興奮しながら一周しはじめる。
僕はその場に腰を下ろして、ひもをずっと見ていた。
結局、ひっぱったところで何の反応もなかった。それが心残りではあるけど、達成感が心地いい。僕は目を閉じて、みんなの喜びようを聞きながら、地面にもたれた。
そのときだった。
どこからか呻り声がした。
いや、声のような轟音というべきか。それは声と表現して良しとできる代物じゃなかった。言葉として理解可能な音だけど、音量が桁外れだ。世界中に響き渡るような、凄まじい大声とでもいうのか。空気を伝って山を震わせ、海を割るかのような「声」。僕は咄嗟に起き上がった。
丘周りのみんなが空を見ていた。何人かは指差している。僕も首を上げて、ひもがあった場所に目をこらした。かつてあったひもはもう無い。普通の空だ。そこからまたうなり声がした。あまりの音量の大きさに僕は背中から地面に倒れた。
 なんだこの声。
何を言っているのか分からない。
 耳を塞いでも、体中から響いてくる。
 みんなも平伏すように倒れていた。
 それから、次の声が来るまでには若干の間隔があった。
僕以外のほとんどの人は、逃げるようにその場を離れていった。僕は迷ったが、残ることを選んだ。ひもをひっぱった結果が、今起こっている。これのためにひっぱったんだ。僕は丘まで走り、登れるところまで登って、空が見えるように背中を預けた。どうして空から声がするのか、声の主は誰なのか、そして「ひも」がなんだったのか、そこがずっと気になっていた。その答えは、声を聞くことで分かる気がした。僕はかつて「ひも」だった丘の上で、もう一度声が来るのをじっと待った。それに応えるように空から再びうなり始めた。
確かに轟音のようにしか聞こえない。だけど僕は目を閉じ、耳を澄まし、その轟音の正体を掴もうとした。段々と声の本質が姿を現してきて、その内容には答えが含まれていることが分かった。
僕はそれを聞いて納得した。
 要約するとこんなところである。
 
 
  おい!
 
ひもを切ったのは、お前たちか!
 
お前たちのせいで、
 
どのページまで読んだか、
 
分からなくなったじゃないか!
 
 
 
                           End
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