ショートの小説です。良かったら読んで下さい。
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下のリンクから本編が始まります。
現実に潜む「壁」を意識して書きました。
壁
超えられない壁がある。それは誰にだってあるものなのかもしれない。しかし、今目の前に事実、大きなのっぺりとした白い壁が立ちはだかっている。横にも縦にも無限に続くその壁は俺に通せんぼしているようであったし、世界の行き止まりのようにも思えた。ノックしてみると乾いた音が中から反響した。蹴ったり、殴ったりしている内に拳や足に痣ができてきた。
「おい、お前は何の壁なんだ」
「君の心の壁さ」
「どういう意味だ」
「ここが君の限界なんだよ」
当然のように壁が答えてくる。驚きはしたが、当たり前のようにも思えた。
「振り返ってごらん」
何もない空間が間延びしたように続いている。俺は死んだのか。
「いいや違うよ。君は生きている。ただ大きな問題に直面してこの世界に君が飛び込んできたんだ」
「歩美か? 俺の子供じゃないんだ。俺には養えない」
壁は答えない
「前に付き合っていた男との間にできた子供なんだ。知ったもんか」
「でも歩美さんとは一緒にいたい?」
「なんだ、相談室のつもりか。別にどうとも思ってないよ」
沈黙が責めるように重くのしかかる。
「うそだよ、一緒にいてやりたいよ。でも子供を養うのはだめだ。堕ろすしかねぇな」
「でもそんなことはさせたくない?」
「そりゃそうだろ。歩美は優しい奴だからきっと落ち込むに違いない」
「じゃあ生まれたら捨てるのは?」
「それも駄目だ。お前は何にもわかっちゃいない。孤児院の院長がたまたま発見して引き取ってくれるとでも言うのか。だから安心してダンボールにくるんで駅前に放置しろってか。冗談じゃない。生まれてくるからにはしっかりと守ってやらねぇと」
「どれくらいの間、守ってあげるの?」
「んなもん、物心つく頃には家からほっぽりだすに決まってんだろうが」
「じゃあ小学生になるころにはほっぽりだすの」
あまりの馬鹿げた発言に思わずため息がでた。
「無理に決まってんだろう。誰が小学生で職探すんだよ」
「中学生?」
「それも無理だな」
「高校生?」
「うーん、あとちょっとばかしだな」
「大学生?」
「まぁそのあたりには一人暮らししてるだろうな。だが一生懸命勉強するんだし送りくらいは送ってやらねぇと」
「就職が決まったら?」
「ああ、そうだな。でも、色々と相談には乗ることになるだろうな。結婚とかさ」
「結婚したら?」
「そりゃめでてぇよ。思う存分祝ってやるんだ!こぉんな大きなケーキでさ」
そう言って俺は両手を目一杯広げた。
くすくすと壁が震えている。
「なんだ、馬鹿にしてるのか」
「してないよ。じゃあ続きだ。孫が生まれたら?」
「わかんねぇな。もうあれこれ言うのもうっとおしいだろ。でも孫の顔は見てみたいもんだ」
「部長になったら?」
「そんなもん、嬉しいに決まってるじゃないか。勿論、今度は俺達が仕送りしてもらう番だな」
「あなたが老人になったら?」
「そうだなぁ、毎年の正月を楽しみにのんびり暮らすかな。正月になると皆で俺達の家に来てどんちゃん騒ぎするんだ」
「あなたがねたきりになったら?」
「独りはさみしいなぁ。歩美に時々、見舞ってもらうかな。でもその頃にはあいつもおばあさんだもんな。いやいいよ。その時が来たら独りを覚悟する」
「死ぬときも?」
「死ぬときは家族やら親族やら皆に看取ってもらいてぇけど。でもそんなの我が儘だよな。きっと歩美のこととか子供のこと思い出しながら死ぬんだろうなぁ。うんそんな人生も悪くない」
ふと後ろを振り返るとさっきまで何もなかった空間にたくさんの人々が集まって和気藹々に楽しんでいた。その中に俺もいて、歩美もいた。あの小さな男の子が俺の息子だろうか。それであのサラリーマンが大人になった息子だろうか。その腋でたたずんでいるのが息子の結婚相手なのだろうか。その腕に抱きかかえられた子供が俺の孫なのかもしれない。そして愛おしそうにその光景を手を繋いで眺めている老夫婦は…。どこからともなく大きな笑い声が聞こえた。壁が震えているのを見て、笑っているのが自分であることに気がついた。
「じゃあこれが最後の質問だ。子供の名前は?」
「あきひろにする。明宏。明るくて広い心を持つ男。」
にっと笑うと壁もふるふる笑っていた。しだいに壁の震えが大きくなった。
「さよなら」
そう言うと壁は崩れ去り、目の前で泣き伏す歩美が現れた。
戻ってきたのだ。ぼんやりとした頭で思い返す。そうだ、子供が原因で喧嘩になったんだ。駆け寄って歩美の肩を抱いてやりたかった。でもそれ以上前に進むことができなかった。6畳半の薄汚れた天井、首を切られた派遣労働者の俺、甘かったのだ。
(戦うのか?はたして現実と戦っていけるのか、俺は) そうやって自問自答を繰り返しても、2つ目の壁は何も答えてはくれなかった。
今度は現実という名の重々しく、分厚い壁が立ちはだかった。
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